プロフィール

トシオとイクミの俊カイロプラクティック院

吹田市千里丘の山田第二小学校を卒業
※成績は下から数えた方が早かった

吹田市千里丘の千里丘中学校を卒業
※成績は上から数えた方が早くなった

吹田市藤白台の北千里高校を卒業
※成績は上に誰もいなくなった

高槻市霊仙寺町の関西大学総合情報学部を卒業
※当時、情報学科はここか慶応SFCかのどちらかだった

高槻市霊仙寺町 関西大学大学院を卒業
※社会情報学専攻
※人生で初めて学問を極めたいと思った

ニュージーランドに1年間インターンシップ
※日本とは真逆の選択をした国を知りたかった

愛知県名古屋市昭和区のベンチャー企業へ就職
※イケイケドンドンな時代

ここまでは普通の道のり


就職してから激変する人生

1日16~18時間は働く時代。

頑張るほどに売り上げが上がる事が嬉しかった。

仕事・仕事・仕事・仕事・仕事

そんな中、「あいつ」が僕を迎えに来た。


ヘルニアという名の生き地獄


「人生=仕事」の状態が半年くらい経過した時、僕の日常は壊れました。

布団から起き上がろうとすると

ビリビリビリビリビリビリ!!!!!!

背中を伸ばそうとした瞬間にお尻から太腿の裏にかけて走る「何か」

それが神経痛だとわかったのは暫くしてからでした。

寝たきり×手術宣告×カイロ

1ヵ月の寝たきり生活

手術宣告と後遺症の宣告

有名整骨院や鍼灸院での細かい通院地獄

僕はこの3つに打ちのめされ、どうせ手術しか無いなら「一か八かだ」と知り合いに紹介されたカイロプラクティック院を頼りました。

そして復活しました。

「この先生の技術、施術を1代で終わらせちゃダメだ」

患者と先生を繋ぐ為の会社を仲間と立ち上げる一方で、3年かけて弟子入りを許してもらい、その技術と哲学を学びました。

そして「あの時の自分と同じ状況で悩む人の為に」この院を作り上げました。

僕は偶然、師匠と出会う事ができました。

でも、今もなお迷っている人がいます。

その人の為にトシオとイクミの俊カイロプラクティック院は産声をあげました。